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項目反応理論に基づく理解度と振る舞いの関係性

近年,我が国では,高等教育におけるFD(Faculty Development)が広がりを見せている. FDの一環として講義評価は多くの大学で実施されており,FDの中でも重要な位置づけにあると考えられる. 講義評価に関して,講義の様子を撮影した講義映像を観察して講義を評価する取り組みはすでに行われているが,その多くでは講師の教示法にのみ注目している. しかし,講義とは本来的に講師と受講者の双方向コミュニケーションと捉えられるため,講義評価においては講師の教示に対する受講者の反応にも注目する必要がある. 一斉講義においては,受講者の反応は主に振る舞いとして表れる. そのため,受講者の振る舞いは講義評価に利用できると考えられるが,受講者の振る舞いと講義の善し悪しの関係性は自明ではない. 一方で,講義評価の指標として受講者の理解度も挙げられるが,理解度は受講者の内面の変化であり観測は難しい. そこで本研究では,講義における受講者の振る舞いと理解度の関係性を明らかにすることを目指す. 両者の関係性が明らかになれば,受講者の振る舞いから講義を評価することが可能になり,有用であると考えられる. 本研究では,振る舞いに基づいて受講者をクラスタリングし,得られたクラスタに属する受講者の理解度の傾向から,受講者の振る舞いと理解度の関係性を分析・考察する. ここで,受講者の振る舞いを「能動的受講行動」「受動的受講行動」「散漫行動」「逸脱行動」「PC端末閲覧・操作」の五つに分類し,その頻度により振る舞いを定量的に表現する. 受講者の振る舞いと理解度の関係性を明らかにするためには,客観的な理解度のデータを収集する必要がある. このとき,アンケートやテストの結果をそのままを用いると,個人差や難易度差により客観的な理解度が得られない. そこで本研究では,項目反応理論に基づきこれらの個人差・難易度差を補正する手法を提案する. 項目反応理論とは教育学分野の「試験」に関する理論であり,問題の正答率と解答者の理解度の関係性が,問題の難易度等をパラメータとしたロジスティック曲線で表現されるとするものである. 本研究では,受講者に対して理解度アンケート・小テストを実施する. アンケート回答の個人差をパラメータ化し,小テストの正解率と理解度アンケート回答をロジスティック曲線にフィッティングすることで,個人差・難易度のパラメータを同時に推定する. そして,推定したパラメータの値に基づいて理解度アンケート回答の個人差・小テストの難易度差を補正し,客観的な理解度を求める. 実際の講義を対象として,理解度アンケート・小テストを13回実施し,13人の受講者から73組のデータを得た. この際,理解度アンケートは五件法とし,小テストは正誤問題を5問出題する形式とした. また,定量的に表現した受講者の振る舞いに基づき,受講者をクラスタリングした. ここで,クラスタリングにはk-means法を使用したが,初期値によってクラスタリング結果が変動するため,AIC(赤池情報量基準)を評価指標として,AICの値が最小になるクラスタリング結果を抽出し分析対象とした. 上記のデータに対して,提案した手法によりパラメータを推定し,小テストの正解率と理解度アンケート回答をロジスティック曲線にフィッティングした. その結果,一部の小テストでは誤差が残ったものの,他の小テストではロジスティック曲線によくフィッティングしていることを確認した. また,項目反応理論に基づく個人差・難易度差補正の有効性を検証するために,補正を行ったデータと行わなかったデータでそれぞれAICの値が最小となるクラスタリング結果を比較した. この際,クラスタのまとまりの良さを評価するために,クラスタの分散が母分散に対してどの程度小さくなっているかを表す「集約度」を定義し,両者のクラスタリング結果において理解度アンケート回答・小テストの正解率の集約度を計算した. その結果,補正を行うことで理解度アンケートの集約度は9ポイント改善し,小テストの集約度は6ポイント改善した. 次に,補正を行ったデータにおいて抽出されたクラスタリング結果から,受講者の振る舞いと理解度の関係性について分析した. その結果,五つの振る舞い頻度のタイプから,``受動的受講行動,PC端末閲覧・操作,能動的受講行動は受講者の理解度と正の相関がある'',``散漫行動は受講者の理解度とあまり相関がない'',``逸脱行動は受講者の理解度と負の相関がある''という知見を得た. また,クラスタ間の比較を通して,``逸脱行動と理解度の関係性は一意に定まらない'',``PC端末閲覧・操作は受動的受講行動,逸脱行動と組み合わさることによって受講者の理解度と負の相関を持つようになる''という知見を得た. 今後の課題として,より多くの講義に対して本研究と同様の分析・考察を行うことで上述の知見が普遍的に得られるかを検証することが挙げられる. 課題の解決により,受講者の振る舞いに基づく講義評価が実現できると考えている.