内容梗概
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仮想世界でのひも操作のための実観測に基づく形状のモデル化


本稿では、仮想世界でのひも操作の実現のために、実際のひもの操作の際に得られる視覚情報を、仮想世界において再現することを目指す。そして、実際のひもに対する操作の際の形状を観測し、これを再現できるような仮想物体モデルを獲得する手法について提案する。

近年のVirtual Reality(VR)技術の進歩・普及に伴い、現実世界における物体操作の際に人間が感じる視覚・触覚情報を、仮想世界において再現することが重要となってきている。そのためには、実物体の特性を反映した仮想物体を作成する「仮想化」が必要となる。従来、VRの研究において操作対象となる物体は剛体が多く、これらは、仮想化のために実現すべき特性の種類が比較的少数であった。しかし、操作の対象となる物体の多様化に伴い、布やひものような柔軟物体の仮想化が必要となってきた。このような柔軟物体は、剛体と比べてはるかに複雑な幾何学的・力学的特性を持っており、仮想化のためには、それらを反映した仮想物体を構築する必要がある。

柔軟物体の仮想化に関する従来の研究としては、コンピュータグラフィックス(CG)の分野における布形状シミュレーションがある。これらの研究では、布を表現する物体モデルに対して、設計者が、主観評価による試行錯誤的なパラメタチューニングを行うことによって、布らしくふるまう仮想物体のモデルを作成するという手法が用いられてきた。しかし、このような手法によって様々な布のふるまいをきめ細かく表現しようとすると、パラメタのチューニングが非常に煩雑になる。そこで近年、特殊な計測装置を用いることによって得られる布の物理特性データをモデルにあてはめることで、実際の布の特性を反映させた仮想物体のモデルを作成する手法が提案された。しかしこの手法は、特殊な装置を必要とする上、得られたデータの利用が仮想物体の再現する視覚・触覚情報に直ちに反映されるとは限らない。

そこで本研究では、''仮想化によって作成される物体モデルの利用目的は人間の仮想物体操作に対する視覚・触覚情報を再現することにある''というタスク指向の観点から柔軟物体の仮想化の問題を捉え、現実世界において物体を操作したときに物体から返される視覚・触覚情報を、カメラなどのセンサで観測することによって、その観測結果を再現できるような仮想物体のモデルを構築することを目指す。このようなアプローチによって実現される仮想物体は、事前に観測したふるまいを同様の条件下で再現する以上のことを保証しないが、物体の操作の際に生じる様々な条件下での物体の様々なふるまいをあらかじめ観測しておくことにより、仮想物体の操作において必要となるふるまいを再現しうるモデルが獲得できると考えられる。

このような研究の中でも、本稿では、特に視覚情報の再現に焦点を当て、最も単純な柔軟物体であるひもの静止形状を再現できるような仮想物体のモデルを上のようなアプローチによって獲得することを目標とする。すなわち、鉛直な2次元平面上で、実際のひもを操作したときのさまざまな形状をカメラを用いて観測し、得られた形状を再現できるようなひもの形状モデルを構築する手法を提案する。

このためのひものモデル表現として、布形状シミュレーション等で多く用いられているマス・スプリングモデルを導入し、これを用いてひもの伸びや曲げに対する制約を表現する。このモデルをカメラで撮影したひもの静止形状に対してフィッティングさせ、さらにそのときのモデルが力学的なつり合いの状態となるように、ばねの自然長や質点の質量といったモデルのパラメタを修正する。このパラメタの修正は、観測形状とモデル形状との不一致度と、モデルの力学的なつり合いの状態からのずれをエネルギー関数として表現し、それらの線形加重和が最小となるように、最急降下法を用いてパラメタを修正することによって実現する。以上により、観測した形状をその静止形状として再現できる仮想物体のモデルが獲得できる。

本手法の有効性を示すために3つの実験を行った。まず、実物のゴムひもの単一あるいは複数の観測形状に対して本手法を用いることにより、獲得されたモデルがこの観測した形状を正しく再現できることを確認した。次に、ゴムひもと鎖という特性の異なる2種類のひもの観測形状に対してそれぞれ本手法を適用することにより、このようなひもの材質の相異による特性の違いをモデルのパラメタの違いとして表現できることを示した。最後に、同一のゴムひものさまざまな観測形状を逐次的に獲得しながらモデルを修正していくことによって、まだ観測されていない形状に対するモデルの再現能力が向上していくことを示した。以上の結果により、本手法によってひも状柔軟物体の操作のための仮想物体モデルを実物の観測に基づいて獲得できることが示された。


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